
米原康正:フォトグラファー
僕の写真は、技術的な上手い下手は関係なく,僕とモデルがどのような関係でいるのか? ということが大切で、 「シャッターを押した瞬間に流れる今、という空気感」をリアルに見る人に伝えることが目的です。
僕の仕事は基本的には編集者で、いろいろな雑誌や写真集などの企画を立て、それを編集するという仕事をやっています。
(最近では、写真撮るのと編集するのでは比重が逆転しているのですが、、)
2002年僕は宝島社からsmart girlsという雑誌を企画して、立ち上げました。
その編集作業をする時、フォトグラファーが照明や機材などにこだわるがあまり、そのセッティングのためにモデルを置いてきぼりにしている状況に遭遇しました。
そこで僕はモデルを飽きさせないためにも、余った時間を使って、モデルの写真を撮る、ことを始めたのです。
ただし、こちらがいい機材を使って撮影すると、それを気に入らないフォトグラファーも出てくるといけないので、そこに配慮してチェキを使った写真を撮りだしたのがきっかけです。
基本的にはまだ7年。フォトグラファーとしては、新人っすね。
<略歴> 1959 熊本県宇土市に生まれる。 1978 大学受験を機に上京。そのままフリーの編集者となる。 1991 結婚を期に有限会社オフィス・サマサマを設立。 1996 「egg」 (ミリオン出版)コンセプト作り、プランニングに携わる。被写体の素の顔、”生顔”を撮るため、撮影現場のスタッフにもインスタントカメラを持たせた。これが後のフォトグラファー米原のドキュメントの思想に繋がっていく。 1997 素人投稿写真集「アウフォト」(新潮社) 創刊。企画から編集まで手がけ、3年間で全13号リリース。2000年には総集編としてハードカバーの本も出している。 2000 LA在住の難波裕介とともに海外アーティストのエージェントとしてThunderbirds を立ち上げる。FAFI、DELTA、PARRAらの名を広めた。 2001 女の子も楽しめるおしゃれヌード雑誌「smartgirls」(宝島社)企画に携わる。3号目まで責任編集を務める。チェキで撮影現場の待ち時間で撮ったモデルたちのページを作ったところ好評を博し、フォトグラファーとしてのキャリアをスタートさせるきっかけともなる。 2002 「smartgirls」で撮った写真をまとめ、初写真集「どこでもスナップ」(宝島社)発売。15万部を売り上げ、翌年撮り下ろしの第二段「どこでもスナップ2」(宝島社)もリリース。 2004 中目黒のspaceforceにて初の個展「loveyone」、LAの4F-galleryにて”Nonchalant”展〔会田誠氏、吉野英理香氏とのグループ展)開催。 2006 イギリスの現代美術館BALTIC、NYのreed spaceなど海外からの招聘が次々と続く。 2008 初の世界発売となる写真集「TOKYO AMOUR」リリース。フォトグラファー米原康正の集大成となる作品集となっている。 10月 現代美術の作品としてNY、チェルシーにあるBARRY FRIEDMANにて個展。SWEDENのブランドWeSCの初のアジア人アクティビストとなる。この年に開催したexhibition数は7つ。 2009 台湾のアーティストREACHとのコラボ展を持って回るアジアツアーを開催。上海、香港、ファイナルの台北でストリートアートとコンテンポラリー2つのexhibitionを同時開催する。